【ブログ】もう一緒に住めない、っていうけど その7 最終回

認知症を取り巻く、ぼくが、えらいなあ、と思った話。

病院の中庭。
陽だまりで、母親の車を押す女性。
母親は無邪気に笑っている。


ぼくは外にいた。
そのとき、偶然に娘が病院を訪れた。
車いすの母親とその女性に、娘の目が留まった。
二人はお互いに無邪気に笑っている。
娘はそれを茫然と見ていた。
しばらして、その娘はこちらに走って、ぼくのそばで止まった。

娘、泣いていた。
そして、
娘:「先生!、もういいんです。」
ぼく:「えっ」
娘:「退院させてください!」
ぼく:「だって、また大変になるよ。」
娘:「もう、本当に、大丈夫です。」
ぼく:「無理から今回院長にお願いしたから、次たのみづらいよぉー。」
(保身のぼく。)
娘:「いや、もう決して、入院させることはしないから。お願いです。」
「私、わかったんです。母とこれから一緒に、母の一生の間、暮らします。」
ぼく:「えーーぇ」
(煮え切らない保身のぼく。)
娘:「私から、院長先生にお願いしてみます。」
ぼく:「あっ。そー。んじゃ、いいか。」
(最後まで保身のぼく。)

ということで、退院。
それから、ぼくはいつもと同じように、もとの団地に訪問診療。
でも、母娘の雰囲気は、以前とは全く違う。
全然、ちがう。
人間って、ここまで変われるのか、ってほど、ちがう。

ふたりとも、幸せそう、なんだ。
母親は歩けなくなっていたので、だいたいベットの上での生活だ。
でも、ご飯の時には、どうにか椅子に座って、机で食べる。
ぼくのほうも、「認知症のやっかいな症状の治療」、などというものはない。
すこしでも認知機能の低下が遅くなれば、ということで、認知症の薬もMAX処方。
すこしでも言葉を紡いでくれれば、という思い。
あとは高血圧、その他、内科疾患のための診療。

こんな、雰囲気のよい、母娘って、めったにみられるものではない。
訪問のたびに、ぼくは、いつも「へぇーー」って思った。

いつの日からか、その母娘は添い寝をするようになった。
それから、年月が経った。
ある日の未明。朝4時くらいかな。
その娘から電話があった。
予測していた。

娘:「先生、いま、母は、私の腕の中で、息を引き取りました。」
娘は泣いていない。
それどころか、なにやら、とても満足そうだった。
「先生、いろいろと、ありがとうございました!」

ぼく、泣いた。

(了)

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