#3 みえないものが現れる

先日、埼玉県のある精神科病院の研修会で講演したときに、次の質問を受けた。「私は今年入職した相談室のスタッフです。昨日の研修で、患者さんにはできるだけ正面に向き合って、上から見下ろすようなことをせずに目線の高さを合わせて、笑顔で優しく話すことが大切だと教わりました。しかし、先ほどの講義で、先生(私)は正面に向き合うと問いただすようになるとか、笑顔で話すと相手がバカにされたと感じることがあると言われました。昨日の研修と違うのですが」との質問であった。

 そこで私は、相手をみなければいけないこと、「相手は病気だから、優しく接するべき」というのは専門職として的確ではない。それは病気や症状を見ているだけで、人をみていない。要は相手がどのように感じるかを考えて行動すべきと説明した。

 そんなことを考える前に、私は相手に対してどのように向き合いたいかということをきちんと考えることが大事である。あなたの相手に対する思いが、「不安にならないで」「安心してください」なのか、「あなたの行動を非難する人はここにはいませんよ」「もっと自由に振舞っていいですよ」なのか、「周りに気を配って少し遠慮した方がいいかもしれません」なのか、である。その想いが、あなたの笑顔に表れるだろうと思う。あなたの想いが、自然にあなたの態度に表れ、相手に伝わるのが望ましいだろう。かりに「優しく」と言われても、私たちはそれぞれにたくさんの違った「優しさ」をもっているだろう。どの「優しさ」かを考えない笑顔は、単なる作り笑いでしかないからである。

ただし初対面の人には、作り笑いも必要だろう。一度きりの出会いで済む人もそれが必要だろう。会社の受付やファミリーレストランなら、マニュアルにあるとおりの「笑顔」でいい。医療福祉職も初対面は作り笑いでいい。しかしそれは初対面だけだ。あなたが医療や福祉の人間で、その人との関係がその後も続く場合は、人として、人に対して、誠実であってほしい。

繁田雅弘

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