#2 ともに歩む小径

晩年になった私の最大の関心は、認知症の人との対話である。認知症の人や家族を対象として、対話することで自信を回復してもらったり、無理を諦めてもらったり、あるいは開き直ってもらったりすることである。容易な作業ではないが、意義を日々実感している。

一方、私は講習会や学会を別にすれば、精神療法の指導者について系統だって学んだことがない。大学院や養成コースでトレーニングを受けたこともない。一度受けてみたいが、誤解を恐れずに言うと、早々にそういう指導や教育を受けなくてよかったと思っている。

技術や方法論を学ぶ前に、臨床を続ける中で対話の意義や価値をさんざん思い知ることができたからである。やり方を知る前に、必要性や価値を、理屈でなく認知症の人たちから実感することができたからである。

そしてもう一つ、正式に学んだことがないことの利点は、特定の精神療法の技法の価値や伝統を守らなくてよい点である。精神療法への批判などから私は何ものをも擁護しなくてよいのである。

繁田雅弘